なぞなぞだ。東京の坂で、のぼり坂とくだり坂、どっちが多いか。

あらすじ

アラフォーの蓉子(ようこ)は母と二人暮らし、父は幼い頃に家を出た。
父は転居好きの変わり者で、住むのはいつも、なぜか坂のそば。遺言書には、これまで住んだ坂のリストがあった。

蓉子はその坂をひとつずつめぐりながら、その土地と家族の記憶をたどっていく。

東京の名のある坂と、その街を散策する。
坂の名前の由来や、街の成り立ちや、そこに住んでいた頃の父の姿を知る。
ただそれだけのお話。

なのに、とても、温かい。

父は幼い頃に家を出てしまったので、蓉子にはあまり記憶がない。
出ていってからのことも、もちろん知らない。

父が好きだった坂を通じて、父を理解しようとするうちに、蓉子自身も坂に魅了されていく。

街の描写がとにかく丁寧で、そこで生きる人の生活や商いのにおいを感じられる。
自分では行ったことがない街の情景は新鮮であり、同時になぜか懐かしさもあるという不思議な感覚を、主人公と一緒に体験していく。

各話、街の地図がついていて、蓉子の見た景色がイラストになって添えられている。
こまごまと詰めこまれた手書きのコメントなども、ついつい隅から隅まで読みこんでしまう。

本を持って実際にその街を歩いてみたくなる。
むしろ、自分の足で歩いて、その空気感を肌で感じることで本当に完成する物語なのかも。

なんとなく、ゆっくり時間をかけて、読みたいと思えるお話。