文とわたしの関係を一言で言い表せる言葉はない。

あらすじ

家に帰りたくなかった9歳の更紗(さらさ)は、公園で声をかけてきた大学生の男・文(ふみ)の家についていく。
そのまま居付いた更紗は、文とふたりで穏やかな生活を送る。

これまで会っただれよりも気を許し合っていたふたりだが、警察に見つかった文は更紗の誘拐容疑で逮捕され、引き離されてしまう。

15年後、大人になった更紗は偶然、文と再会する。
お互いのためにも会わない方がいいと分かっているのに、更紗は会いに行くのをやめられない。

スペインに“半分のオレンジ”という言葉がある。

半分に割ったオレンジの断面にぴったりはまるものは、世界にひとつしか存在し得ない。
自分にとって唯一無二の、大切な人のこと。

更紗と文はまさにこれ。
恋愛とは違うけど、そばにいないとうまく息ができないくらい、切実にお互いを必要としている。

更紗の言葉は、だれにも届かない。
いくら更紗が「文は悪くない」と言っても、だれも言葉通りには受け取ってくれない。
勝手に被害者として守られ、気を使われ、優しさでじわじわと首をしめられながら大人になっていく。

自分の言葉や苦しみが他人に伝わらない寂しさや虚無感が、ずっと漂っている。

だからこそ15年ぶりに文を見つけた時の、世界が色を取り戻すようなシーンがとても印象的。

文がそばにいてくれる時だけ、更紗は安らぎ、息ができる。
文の前でだけ本来の自分を取り戻し、生き生きとしている更紗の姿が、もう、切ない。

ただ、ふたりが会う時はいつも薄氷の上に立っているような緊張感があって、お願いだからこのまま何も起きないでと願ってしまう。

社会が更紗と文の関係を悲劇と呼んで眉をひそめるほど、ふたりのつながりは深くなっていく。

本当のことを知りもしない人は黙ってて!
そしてふたりはさっさと一緒に暮らせ!

そうやって身悶えしながら、久々に本気で一気読みしてしまった良作。