あなた自身が住みたい家を建ててください

あらすじ

依頼主の吉野一家に引き渡してから数ヶ月経ち、建築士の青瀬がその家を訪ねると、なぜか入居した形跡はなく、空っぽの部屋に1脚のイスだけが置かれていた。

そのイスがタウトという建築家の作品に似ていると情報を得た青瀬は、イスを手掛かりに吉野を捜し始める。

横山作品は本の分厚さと扱う題材のせいで、ガッチガチに固くて重たいと思う人が多いみたい。

でも実際読んでみると、大きな事件を、それに向き合うひとりの人間の物語に落としこんでいるから、実は読みやすい。

文章は極限まで無駄を省かれていて、文字よりも多くを語ってくれる体温のこもった会話劇は、ぐいぐい読み進めてしまうエネルギーに満ちている。

家の完成を喜んでいたはずなのに入居せず失踪した依頼主の行方を捜すのと同時に、青瀬は建築家・タウトにも興味を持つ。

タウトゆかりの地を訪ね歩き、その作品や精神に触れていく。

バブル崩壊とともに自信もプライドも家族も失い、抜け殻のようになっていた青瀬は、自分の原点を思いだし、仕事に対する情熱を取り戻していく。

自分と直接は関係がなかったはずの物事が、触れるうちに主人公の人生観や精神状態に影響を与えていくのも、横山作品の醍醐味。

中盤、どんどんスケールが大きくなっていくミステリーにわくわくしながら読んでいたら、終盤、ある意外な一点へと一気に収束していく。

おお、そうきたか。と、静かな驚きがあった。

そして、その説得力のある結末に、ぐっときた。

人、そして心が帰る場所となる家と家族をめぐる物語。