馬鹿を装っているのか、あるいは真性の馬鹿なのか……。

あらすじ

イップスの三塁手、先端恐怖症のヤクザ、義父のカツラをはぎとりたい衝動と戦う医者……。様々な問題を抱えた主人公たちが、精神科医の伊良部(いらぶ)に振り回されていくうちに、自分の気持ちに気づかされていく短編集。

神経科なのに、診察にきた患者はまずビタミン注射を打たれる。患者の腕に刺さる針をじっと見つめて、医者は鼻息を荒くしている。そう、この医者、かなりヤバイ。

でもこのヤバさがたまらないんだなあ。

まず注射を打たれ、症状を説明すればおもしろがられ、いい加減なことばかり言われる。メチャクチャな問診を受けた彼らは困惑し、後悔する。

それなのに、なぜかまた足を運んでしまう。伊良部に話を聞いてもらいたくなってしまっている。

特に私が好きな作品は、先端恐怖症のヤクザ・誠司(せいじ)が主人公の「ハリネズミ」。刃物はもちろん、ペン、箸、サンマの顔まで、とがったものが怖くて仕方がない。

本気で悩んでいる誠司には申し訳ないけど、そのうろたえっぷりが笑えてしまう。ドスを利かせた声で啖呵を切りながら、注射器を持つ伊良部から逃げるシーンなど、ふきだしてしまった。

先端恐怖症や強迫神経症など、主人公たちには難しい病名がついているが、病気と向かい合うとか、過去を乗り越えるとか、そんなちゃんとした治療はしない。

突然職場に押しかけてこられたり、トラブルに巻きこまれたり、ただただ伊良部に翻弄されていたら、いつの間にか気持ちが軽くなっている。

辛いことがあっても、まあ、なんとかなりそう。そんなふうに思える作品。