言葉は人を殺す道具です。作家はその道具で食べてゆくひどい生きものです。

  • 砂上
  • 著 : 桜木紫乃
  • 出版 : KADOKAWA

あらすじ

40歳バツイチの女・令央(れお)のもとを、女性編集が訪ねてくる。令央が以前、新人賞に応募した小説「砂上」を書き直してみないかという提案だった。

自分の過去をもとに描いた「砂上」をもう一度形にするため、令央は母、妹、そして自分自身を見つめ直していく。

家族だからというだけで無条件に愛情が芽生えるわけではない。互いに無関心だけど、長く一緒に暮らしていたから相手のことはある程度分かってしまう、だから余計にイライラする。そんな乾ききった令央の人間関係がとてもリアルだ。

令央は家族を小説に書くことで、ありのまま受け止めていく。ドラマティックな変化は起こらないが、いつしか、互いの関心は薄いままなのに前よりも少しだけ互いを許容できる範囲が広がっていることに気づく。

人間関係なんていう形のはっきりしないものを、形がはっきりしないまま見事に描きだしている作品だ。

読み始めて3ページで、もう引きこまれた。

予想外のことを言われたり、あまりにひどい言葉をかけられたりすると、一瞬頭がついていけずにフリーズすることがある。フリーズしている間も相手の言葉は続いていて、動けない体がただただ言葉を浴び続けている。その感じ。

令央の作品をメタメタに酷評する編集者・乙三(おとみ)の容赦がない言葉に動揺しながらも、目はどんどん文字を追いかけていってしまう。乙三の言葉には、次へ次へと読み進めさせる不思議な力がある。

乙三が、もうとにかく、メチャクチャ怖い。でも最高に頼りになる。
書き手としての甘さ、自分の過去や感情と向き合わない弱さ、ひとりよがりな性格。初めは書き手としての心得を説いていたはずが、いつの間にか令央の人格に手を伸ばしている。自分の過去や家族と向かい合いきれず無意識に逃げた部分や、ほんの小さな見栄といったものは全部、見透かされてしまう。

そして乙三の言葉は、令央をすり抜けて読み手にまでグサグサ突き刺さってくる。ムチで完膚なきまでに叩きのめした上で、アメはあっちにあるよ(だから自分でとりにいきなさい)と次の方向性を示してくれる。だんだんとその厳しさが快感になってくる。

読んでいると自分も令央と一緒にエネルギーを吸いとられていく感じがするけど、最後には心地いい虚脱感と達成感が待っている。