いくら偶然の一致といっても、それじゃすこし行き過ぎですよ。

あらすじ

世界各国から色々な人種・立場の乗客たちを乗せたオリエント急行は、雪の中で立ち往生してしまう。

夜が明けると、アメリカ人の富豪が刃物で体をめった刺しにされて死んでいた。事件に興味を持った名探偵ポアロが乗客たちから話を聞くが、すべての乗客にはゆうべのアリバイがあった。

いまさらアガサ・クリスティーの読書感想文をウェブに書く?
発売からすでに80年以上。数え切れないほどのお歴々が書評を書いてきているだろうし、ショッピングサイトのレビューなどを合わせたら、それこそ星の数ほどあるのに。

アガサ・クリスティーといえば、現在第一線で活躍するミステリー作家たちが憧れたレジェンドだ。っていうか今まで読んだことなかったのかよ、という恥を自らさらすことにもなる……。

分かっているのに、書いてしまった。
だっておもしろかったんだもん。

探偵もの、正直言ってあまり得意ではない。ミステリーは大好物、だけど「探偵」とつくと途端にダメ。

最初から何もかもお見通しですという感じの神がかった洞察力。予想外の真実にたどり着いても「ほほう」くらいの動揺しか見せないその余裕。横で事態がまったく飲みこめずにいる刑事や助手に遠回しなヒントを与えてからかっちゃったりして、なんかヤな感じ。そもそも、あんたがいく先々で事件が起きてしまうことが一番のミステリーだ! みたいな。

ようは食わず嫌い。はい反省。

雪で身動きがとれなくなった列車という閉ざされた空間で、物語は静かに進行する。捜査の道具もないから、犯行現場をよく観察して、乗客ひとりずつから話を聞くことしかできない。

ううむ、いかにも探偵が力を発揮しやすい展開。この段階ではまだ警戒心を持ちながら読んでいた。

しかし被害者の過去が明らかになっていくにつれ、徐々にポアロの存在が薄くなっていった。決して、けなしているわけではない。謎の全体像にようやくライトが当たり始めたから、ポアロはさり気なく後ろに下がった感じ。

奇抜なトリックがあるわけではない。犯人の動機――なぜこの事件を起こしたのかという人間の心が物語の根底にあって、それこそがすべての謎を解く鍵につながっていく。

善と悪の境界線があいまいで、読者にその是非を問うような挑戦的な結末は、名作の名に恥じない。

きっと、何十年かして小説の細かい内容は記憶から消えてしまっていたとしても、この結末だけは一生忘れることはないだろう。