一九七〇年十二月の三日、かくいうぼくも夏への扉を探していた。

  • 夏への扉
  • 著 : ロバート・A・ハインライン
    訳:福島正実
  • 出版 : 早川書房

あらすじ

舞台は1970年のアメリカ。
発明家のダンは、共同経営者でもある親友と婚約者に裏切られ、発明の権利をすべて奪われてしまう。

絶望したダンは、愛猫ピートと一緒に長期の冷凍睡眠の申しこみをする。しかしトラブルが起きて、ダンはピートを残したまま冷凍睡眠に入ってしまう。
30年後ひとりで目覚めたダンは、失われた時間をとり戻すために立ち上がる。

SF、タイムトラベルものとしてはもちろん、「ネコ小説」としても有名な作品。

ダンが飼っているネコのピートは、雪が大嫌い。ピートは外で雪が降っているのに気づくと、ダンを呼び、家の扉を1枚ずつ開けさせる。家の中の扉のどれかが夏へ通じていると信じているから。

昨日はダメだったけど、今日はどこかの扉が夏につながっているかもしれない。そうやってピートは、雪が降るたびに「夏への扉」を探す。
そんな愛くるしいネコのシーンから始まる本作の魅力は、あまりSFらしくないところだ。

SFの定番であるピリピリするような緊張感や切迫感が、この物語にはない。
天才的な発明の才能があるのに、お人よしでちょっと抜けているダンは、序盤であっさり騙されてしまう。

通常のSFの主人公であればここで、とんでもない発明品を作って反撃に出たり、実験中の事故がきっかけで特殊能力を手に入れたり、宇宙人を拾ってクローゼットでこっそり飼い始めたりするものだ。

しかしダンは、冷凍睡眠で30年の時を飛び越えるという現実逃避を選択する。
最先端技術を「ふて寝」に使うなんて、なんとも情けない。でもそこに親近感が湧く。

もし自分が手塩にかけて作ったものを奪われ、訴えるだけ無駄と弁護士にさじを投げられたとしたらどうするか。
そりゃ、途方に暮れるしかあるまい。

そんなダンにも、強みはある。発明の才能と、もうひとつ、並外れた適応力だ。
冷凍睡眠から覚めたダンは、食事をし、新聞を読み、仕事を探し、眠っていた30年に起きたできごとや新技術を勉強する。どこまでいっても、この主人公は現実的なのだ。

復讐よりも先に、目の前に差し迫った問題を解決する。そのために必要な環境を整える。地道に堅実に準備を重ねる姿は、まったくSFらしさがない。
この恐ろしく気の長い「仕返し」の結末を読めば、きっとスカッとしてもらえることだろう。

物語の中で描かれる2000年という未来は、現実の2000年に結構近い。
おまけに主人公の属性が「天才、へたれ、ネコが相棒」だ。1957年に発売されたとは思えないほど、現代ヒット作のツボを押さえている。
SFに小難しいイメージをいだいている人には、ぜひこの小説から始めてみてほしい。

もちろん、ピートが活躍するシーンもある。
この物語はネコに始まり、ネコで終わるのだ。